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健全な信仰生活のために


◆カルトとは?
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  カルト(仏: cult)という言葉は、もともとは「崇拝」、「礼拝」を意味するラテン語 cultus から派生した言葉である。
  現在では、反社会的な問題を引き起こしている集団を指す破壊的カルトについて、言われるようになった。

  引用:2015/2/20現在wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/カルト

◆カルトの特徴
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①指導者に対する崇拝
聖人、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。
②指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。
③指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口にすることはなんでも無条件に受け入れる。
④説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なものから威圧的なものまで手段はさまざま。
⑤秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。
⑥欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関してすべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。
⑦金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう説得され、指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されている。
⑧絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極の知識に対する盲信。
⑨絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しくあてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、そうでない者は破門されるか罰せられる。

  引用:2015/2/20現在wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/カルト

◆教会のカルト化とは?
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「カルト化した団体」とは、まだカルト(教団)になったわけではないけれども、カルト的な体質を持ったグループのことです。※1

カルトとは、人間社会に破壊的な結果をもたらす集団のことを言います。ですから、あるグループがカルトであるかどうかを判断するときに、 どれだけの具体的な被害が出ているかを見極めることがポイントです。はっきり『カルトだ』と判断できる教会は、ごくわずかだと思われます。 しかし、『カルト化している』と言わざるを得ない教会の数は、はたしてどうでしょうか。『カルト化している』とは、すなわち、カルト的体質や特徴を持っているとか、 カルトと同じような手法を用いているとか、カルト的傾向が見られる、という意味です。※2

  引用:※1 「教会がカルト化するとき」(ウィリアム・ウッド著 いのちのことば社発行) 7頁
※2                〃                   68頁


教会生活の中での教えや交わりにおいて、「あれ? 変だな」と感じたら、無視せずに、確認することが、大切である。正しく治めないところ、裁き合いが起こり、一致の妨げとなる。
「外部の人たちをさばくことは、私のすべきことでしょうか。あなたがたがさばくべき者は、内部の人たちではありませんか。」(Ⅰコリント 5:12)
「そして、神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次に預言者、次に教師、それから奇蹟を行なう者、それからいやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などです。」(Ⅰコリント 12:28)

キリストの名が置かれているすべての教会が、主によって任命されている「治める者」が正しく機能する教会となり、神の栄光が現れますように。

【教会のカルト化体質チェックリスト】

「指導者の権威主義に関するチェックリスト」「マインド・コントロールに関するチェックリスト」
「排他性に関するチェックリスト」「被害に関するチェックリスト」の4項目あります。 (下記をクリックして下さい。)

教会のカルト化体質チェックリスト


一つの宗教団体がカルトなのかどうか、あるいは、カルト化しているかどうかの判断は、ちょうど医者が患者を診察して、 病気の診断を下すときと同じくらい、複雑で、難しい作業です。さまざまな情報を総合的に見る必要があります。ですから、自己流に判断して、 軽率に「カルト呼ばわり」をしないように注意しつつ、疑いがあれば、専門家に相談してみましょう。※3

  引用:※3 「教会がカルト化するとき」(ウィリアム・ウッド著 いのちのことば社発行)69頁



相談、お問い合わせは、こちらのフォームからどうぞ。  



【ばいぶるドッグ先生のチャート診断コーナー】

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◆聖書から見たサタンの性質
▼内容を読む

異端と呼ばれる教えには、似たような教えが多く見られる。そのような教えの出所は神ではなく、サタンである。
同じみことばを用いて似たようなことを言っていたとしても、サタンの教えには、神の性質である“”はなく、次に列挙するサタンの性質が見られる。

①うそつき(偽る者)
「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願ってい るのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを 言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。」 (ヨハネ 8:44)
②神より、自分に従わせようとする
サタンは支配したがる。神の上に立とうとする。 歴代の悪王の中には、自分の言うことに従わないと、処罰する者もいた。
  「だれでもひれ伏して拝まない者は、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる」(ダニエル 3:6)
  「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」(ガラテヤ 5:1)

③神からもらった良いもの(賜物)を奪おうと、また捨てさせようとする
「あなたにゆだねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって、守りなさい。」(Ⅱテモテ 1:14)
④時に、サタンは自分の計画をなすために、この世の権力を差し出す
「『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』と万軍の主は仰せられる。」(ゼカリヤ 4:6)
⑤神よりも、しるしや奇蹟に目をとめさせる
「また、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の頂に立たせて、こう言った。『あなたが神の子なら、ここから 飛び降りなさい。『神は、御使いたちに命じてあなたを守らせる。』とも、『あなたの足が石に打ち当たることのないように、彼らの手で、あなたをささえさせる。』とも書いてあるからです。』」(ルカ 4:9-11)
⑥「神のようになりたい、神に取って代わりたい」という高ぶり
「あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』」(イザヤ 14:13,14)
⑦偽物をあちこちに、本物のまわりに氾濫させ、神の賜物を悪いもののように思わせる
「にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見 せます。」(マタイ 24:24)
⑧自分で深く考えさせないで、ただ、信じるように強いる
「たとえ、自分の考えに合わなくても、又、どのような矛盾を感じたとしても、真理を受け入れるように。」 (ものみの塔の創設者チャールズ・T・ラッセル)
聖書の神の教えは…
「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。」(使徒 17:11)
「私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、…」(ルカ 1:3)

⑨掟(規則)を押し付け、圧迫を与えて人を働かせる
「信仰から離れたら呪われる。この組織から離れたら行くところはない。ハルマゲドンが近い。不信仰になるなら、病気や事故に見舞われる。サタンが家族を用いて反対する。伝道熱心でなければ、不幸な目に会う。このようなことが 起こったのは、自分が不信仰だったからではないか。仲間から見張られている。仲間から信仰に熱心であると思わ れていないのではないか。こんな自分を神は受け入れてくれないのではないか…。カルト教団の信者の心の中に は、恐れが果てしなく続く。」(大野キリスト教会内新世界訳研究会著、「カルト教団とは何か」)このような恐れを抱かされるような、みことばの引用をして、伝道させたり、奉仕させたりする。
「主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。」(Ⅱコリント 3:17)

⑩神の思いに反する人の思いを利用して、神の働きを妨げる
「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。『主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。』」(マタイ 16:21,22)
⑪弱さを責め立て、セルフイメージをおとしめ、神の働きができないようにさせる
「主は私に、主の使いの前に立っている大祭司ヨシュアと、彼を訴えようとしてその右手に立っているサタンとを見せ られた。」(ゼカリヤ 3:1)
⑫同情させて、引き込み、かきまわすような場合もある
「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を 苦しめないでください。」(マルコ 5:7)
霊を見分け、知恵をもって対処する必要がある。

「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」(ガラテヤ 5:22,23)
その反対の、憎しみ、怒り、不安、偏狭、冷淡、悪意、不実、頑固、無節制は、神の実ではない。
私たちは、実によって、イエス様のものか、そうではないものかを知ることができる。


◆異端の性質
▼内容を読む

 キリスト教異端派の創始者には、どれほど小さい宗派(セクト)でも必ず、正しいのは自分であり、既成の教会は、 誤っていることを時が証明するであろうという同じ期待がある。※4

 キリスト以前からあり、キリスト教にも取り入れられた異端に、グノーシス主義があった。 これは、「ギリシア、ユダヤ、オリエントの思想を吸収したもので、物質界は悪であるので、善なる神が物質界を創造したことはありえない、 堕落した霊的存在であるソフィア(知恵)の子供が物質界を造ったのである。そして、救いは、信仰と愛だけで得られるのではなく、 哲学的知識や直感、魔術的儀式や教え、秘密の知識の伝授によって得られる。」というものである。
 使徒の働き8章は、魔術師シモンのキリスト教徒への改宗を描いている。 このシモン・マゴスは、ピリポによって洗礼を受け(使徒 8:13)、お金で聖霊の賜物を買おうとしてペテロの叱責を受けたときは謙遜に応えた(使徒 8:18-24)。しかし、その後、彼はキリスト教から離れてしまった。彼は、必ずしも、完全なグノーシス主義ではなかったが、 教父たちはシモン・マゴスを異端の父、いくつかのグノーシス主義の産みの親、初めてグノーシス主義の要素をキリスト教に結びつけた人物とみなしている。 彼は、「偉大な啓示」というグノーシス主義の文書の著者とされている。シモン・マゴスは、サマリヤ人のメシアになったのみでなく、シモンは第一の神、 あるいは至高神と自称しさえしたという。シモン・マゴスが起こした宗派(セクト)の一つはシモン派と呼ばれ、世界を救うためにシモンはこの世に来た、と主張した。※5
 シモン・マゴスのように、キリストを信じても、悔い改めに向かわず、欲に支配されるなら、このような異端を生み出す危険がある。

 聖書にも、異端的教えは見られる。
 割礼や律法に従うことも強いずに、異邦人キリスト教徒を受け入れていたパウロに反論して、ユダヤ人キリスト教徒は、「割礼と律法の遵守を行わなければ、救われない。」という主張を立てた。 これが、激しい論争となったので、エルサレム会議を開き、『聖霊と私たちは、次のぜひ必要な事のほかは、あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを決めました。 すなわち、偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、不品行とを避けることです。これらのことを注意深く避けていれば、それで結構です。』」(使徒 15:28,29)という決定を下した。
 このユダヤ人キリスト教徒の系統は、パウロの死後数世代間、4世紀か5世紀に至るまで、教会内部の少数の異端者として存続していた。※6

  引用:※4 「異端の歴史」(D・クリスティ=マレイ著 教文館発行)  20頁
参考:※5               〃                39-40頁
引用:※6              〃                   29頁



◆危険な教えから守られるために
▼内容を読む


1.イエス
  オリジナルテキスト「神」、主題からの学び「三位一体なる神」、主題からの学び「キリスト者の結ぶ実」
      ▲たたむ
キリスト教の基本「三位一体なる神」の子なる神。人類に与えられた唯一の救い。
「この方(イエス)以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべ き名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒 4:12)
救いは、だた、イエスを神と信じる信仰だけによる。
「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたし(イエス)を信じる信仰によっ て、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。」(使徒 26:18)
「それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。」(ヤコブ 2:17)
は、救いのためには、何かの行ないが必要であると言っているわけではない。“”を結ぶ必要を言っているのである。
神の働きと自我による肉の働きとは異なる。
「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(マタイ 16:24)
「子は、父がしておられることを見て行なう以外には、自分からは何事も行なうことができません。父がなさることは何 でも、子も同様に行なうのです。それは、父が子を愛して、ご自分のなさることをみな、子にお示しになるからです。」(ヨハネ 5:19,20)

2.罪
  オリジナルテキスト「罪」
      ▲たたむ
聖書の「罪」は、  「的外れ」という意味を持つ。神から離れた結果、もたらされた罪。
「さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。 『あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。』女は蛇に言った。 「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。 あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」そこで、蛇は女に言った。『あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、 あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。』そこで女が見ると、 その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、 いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。 そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」(創世記 3:1-7)
神のはっきりしたことばによる単純ないましめに対する自発的な不従順と違反。結果は、恥と死。
誘惑されるだけでは、罪とはならない。誘惑に対して、自我が目覚め、神を疑い、神ではなく自尊心を満足させる道へ進むことによって罪となる。
アダムとエバは、罪を犯した後、自分の働き(つづり合わせたいちじくの葉)で恥を覆った。神は、それに変えて、血の犠牲(皮の衣)で恥を覆ってくださった。

3.救い
  オリジナルテキスト「救い」
      ▲たたむ
信仰による救い。
「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ 10:9-10)
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」(ローマ 10:13)

行ないによらず、救いは神からの一方的な恵みである。
「私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。 しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。―― キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。 それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜わる慈愛によって明らかにお示しになるためでした。 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。 行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ 2:3-9)

4.証し
      ▲たたむ
証しは、私たちが、神とともに歩んで、聖霊さまの導きに従って行くなら、喜びの中、おのずと証し人となっていくものである。証しをしなければならないと、無理をするなら、逆効果になりやすい。
「さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」(ルカ 24:49)
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒 1:8)
イエスを主であると信じ、救いを受けた者はみな、聖霊によって、イエスの証し人となる。
「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。…黙っているのに時があり、話をするのに時がある。」(伝道者 3:1,7)

5.贖い
  主題からの学び「贖いの日」
      ▲たたむ
アダムが、罪を犯して以来、罪の赦しのためには、牛や羊ややぎや鳩の血をささげる必要があった。イエス・キリストは、全人類(罪を悔いてこのことを信じる者すべて)の罪を贖うためのほふられた小羊となって、十字架にかかられた。全人類の罪を贖うためには、罪のない完全ないけにえが必要であった。それは、受肉された神にしかできないわざであった。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ 3:16)
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」(ローマ 3:23,24)

6.悪、世の苦難
      ▲たたむ
神を愛し、イエス・キリストとともに生きる時、悪い出来事も、苦難も、益になる。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益として くださることを、私たちは知っています。」(ローマ 8:28)
「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐え ることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、 脱出の道も備えてくださいます。」(Ⅰコリント 10:13)
「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰 めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。それは、私たちにキリストの苦難があふ れているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたが たの慰めと救いのためです。もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。」(Ⅱコリント 1:4-6)

7.悪魔、悪霊
      ▲たたむ
神にそむいた堕落天使長サタンとその手下の御使い。霊的な存在である。私たちは、悪い問題に遭遇すると、目に見える人間に目をとめがちであるが、憎むべき対象は、背後の霊であって、人ではない。
「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」(Ⅰテモテ 2:4)
いずれにしても、私たちに起こるすべてのことは、主の赦しがないと起こり得ない。
「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。」(マタイ 28:18)
最悪に思えることも、ヨブの試練のように、永遠の時の中での主の御手の内では、意味あることであり、神を愛する者にとっては、すべてが益となるのである。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益として くださることを、私たちは知っています。」(ローマ 8:28)
場合によっては、授けられている主の御名の権威を用いて、勝利を受け取る必要がある。
「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、…」(マルコ 16:17)
「神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。」(Ⅰコリント 15:57)

8.安息
      ▲たたむ
安息は神の秩序の基本である。創造のサイクルの第7日目に当たる。
「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。人の子は安息日にも主です。」(マルコ 2:27-28)
人間のための安息日。人間には安息日が必要。
初代教会の人々は、キリスト復活の日を“主の日”と呼んだ。そして、週の初めの安息日に聖なる日として集まっていた。
「週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。」(使徒 20:7)
「…いつも週の初めの日に、収入に応じて、手もとにそれをたくわえておきなさい。」(Ⅰコリント 16:2)
「あなたがたが聖なる会合として召集する主の例祭、すなわちわたしの例祭は次のとおりである。…七日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あなたがたは、いっさいの仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息である。」 (レビ記 23:2,3)
聖なる会合の日=安息日 例祭=お祭り、喜びの日、週に一度
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ 11:28)
「わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。」(ヨハネ 10:9)

9.預言者
  主題からの学び「御霊の実」、主題からの学び「愛Ⅰ」、主題からの学び「愛Ⅱ」
      ▲たたむ
主が語られたことは、必ず成就する。地に落ちることはない。部分的に当たることやある程度の奇蹟は、悪魔・悪霊たちにもできること。“”を見て判断すべきである。
「預言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら、それは主が語られたことばではない。その預言者が不遜にもそれを語ったのである。彼を恐れてはならない。」(申命記 18:22)
「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」(エレミヤ 28:9)

10.さばき
  主題からの学び「罪とさばき」、メッセージ「さばく力」
      ▲たたむ
「さばいてはいけない」「ゆるしなさい」は、キリスト教の教えであるが、これが律法的に使われていくと、主イエス・キリストの愛から離れた異質な教えとなってしまう。
「〔人を〕さばいてはいけない。〈さばきを宣告したり、非難を浴びせたりしてはいけない〉。そうすれば、あなたたちもさばかれない。〔人を〕罰して〈罪に定めて〉はいけない。そうすれば、あなたたちも罰せられない〈罪に定められない〉。免除して〈赦して〈釈放して〉やりなさい〈憤ることをやめ、憤りをしずめなさい〉。そうすれば、あなたたちも免除される〈赦される〈釈放される〉。」(ルカ 6:37〈詳訳〉)
ここでいう「さばく」は、「告訴する、断罪、さばきの宣告、非難、罰すること」であって、「罪への指摘や忠告のこと」ではない。 愛から出た「罪への指摘や忠告」は、神の国を治めるために、必要なことである。
「外部の人たちをさばくことは、私のすべきことでしょうか。あなたがたがさばくべき者は、内部の人たちではありませんか。外部の人たちは、神がおさばきになります。その悪い人をあなたがたの中から除きなさい。」(Ⅰコリント 5:12,13)
非難ではない罪を治める行為を「さばく」とし、「さばくな!」と非難して押さえ込むことは、カルト化の徴候の一つである。

11.赦し
      ▲たたむ
「ゆるしなさい」もまたキリスト教の教えであるが、これが律法的に使われていくと、主イエス・キリストの愛から離れた異質な教えとなってしまう。
聖書は、「被害を受けても、黙って耐えてゆるしなさい」とは言っていない。
「もしあなたの兄弟があなたに罪を犯したら、行って、あなたと彼の間だけで〈ひそかに〉、彼に彼のあやまちを示しなさい。もし彼があなたに聞けば、あなたはあなたの兄弟を取り戻したのである。しかし、もし彼が聞かなければ、ほかにひとりかふたりの人を伴いなさい。それはふたりまたは三人の証人の証言によってすべての言葉が確認される〈支持される〉ためである。もし彼が彼らに注意を向けないならば〈よく聞いて従うことを拒むならば〉、教会に告げなさい。そしてもし彼が教会にさえも聞くことを拒むならば、彼を異教徒また税金取り立て人として扱いなさい。」(マタイ 18:15-17〈詳訳〉)
「あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」(ヨハネ 20:23)

悔い改めのない状態を一方的に「ゆるしなさい」と押さえ込むことは、主イエスの教えではない。(ゆるさないのではなく、神に委ね手放すことは必要である。)
悔い改めのない者を赦すことは、神もなされないことである。
「もし兄弟が罪を犯したなら、彼を戒めなさい。そして悔い改めれば、赦しなさい。」(ルカ 17:3)
ただし、弱さを考慮しなければならないことも、聖書は言っている。
「弱い信者というべき人について言えば、彼を〔あなたがたの交わりの中に〕喜んで迎え入れなさい。彼の考えを批評する〈彼の良心のとがめに対して判決を下す〈論議をもって彼を悩ます〉ことにならないようにしなさい。」(ローマ 14:1〈詳訳〉)」
「ゆるす」こともまた、律法ではなくキリストの愛によってなされるべき事柄である。



東方の星

あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、 大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、 すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、 今も、また世々限りなくありますように。(ユダ 24,25)


生まれてから、今まで、かすり傷も含め、一度も怪我をしたことのない、人間はいないでしょう。
それと同様、心に傷を負ったことのない人間は、いないのです。
受けた傷を、どのように扱い、治療するかによって、その後が、異なってきます。
かすり傷であっても、場合によっては、ばい菌が入って、膿んで、死に至ることだってありえます。
私たち人間をも造られた創造主なる神は、私たち以上に、私たちのことをご存知なのです。
その方は、「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は
どんなときにも、決して渇くことがありません。」と言われ、日々、心を強めてくださる方なのです。


うるちゃんますます元気になる




あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。 (マタイ 6:6)
もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。(マタイ 18:19,20)


祈りのリクエストは、お問合せフォームからどうぞ。   




  お祈り下さい


☆ カルト化関係の被害者が、判別力を養うように。
☆ カルト化指導者が悔い改め、贖罪の心を持つように。
☆ 日本のひとつひとつの教会が、キリストの愛に満たされ、真理からの一致をもって歩むように。
☆ クリスチャンが、分裂をもたらす惑わしの力から守られるように。
☆ 教会を治める者が多く起こされるように。(Ⅰコリント 12:28,5:12)
☆ つまずき、信仰から離れた人々の信仰が回復されるように。
                                                   

「そして、神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次に預言者、次に教師、それから奇蹟を行なう者、それからいやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などです。」(Ⅰコリント 12:28)
「外部の人たちをさばくことは、私のすべきことでしょうか。あなたがたがさばくべき者は、内部の人たちではありませんか。」(Ⅰコリント 5:12)







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